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リライアンス

奈良井宿に行ってきました。

 奈良井宿は旧中山道34番目(ちょうど中間)の宿場です。現在放送中の朝の連続ドラマ「おひさま」のロケ地にもなっていることから、夏休み、物見遊山の心を動かされ、行ってきました。
http://www.naraijuku.com/ 
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 奈良井宿は、中山道の宿場全部の中でも旧状をもっともよくとどめ、江戸・明治の建築がおよそ60パーセントを占めている点から実に貴重な文化財だそうです。
 1階より2階が軒から出ていて、猿頭と呼ばれる庇板を押さえる桟木など、旅籠に特有な家の造りを見たり、木曽漆器のお店をのぞいたり、約1㎞宿場町が破綻なく続いている中をぶらぶらと歩いて行くのは楽しい。
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 また、「おひさま」の放送もあって賑やかで活気があるところが良い。番組に飴屋として登場した市の指定文化財の「中村邸」を、まったく別の建物に変身させてしまうNHK大道具さんの技に感心する。

 昼食は元脇本陣であった徳利屋で手打ち蕎麦を食べましたが、その蕎麦の味はおいといて、建物の内部をじっくりと観察したい所でした。
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 かつては旅人の足を洗ったであろう間口の広い土間を入ると、家の真ん中にいろりがあり、その上が3間×4間半の吹き抜け構造になっているところが見所。それを取り囲むようにして2階以上の部屋が作られている様子を見ることができます。いろりの煙でいぶされた柱を、長年にわたって日々磨き続けたことでしか出せない艶が見事。
 天井を這っている電気のコードは、昭和の初めぐらいの工事であろうか?、照明器具も少しずつ違っていたり、大切に使い、その時代その時代の補修の跡が残るのが味のあるところです。
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 紹介文等では「まるで江戸時代にタイムスリップしたような情緒ある町並み」とありますが、私には日本の昭和までが詰まっている気がしました。
 建物もただ保存するだけでは死に体となってしまい(文化財的価値のあるものは残ることができるが)、また、映画のオープンセットでは中身がないわけで、人に使われることによってこそ生きてくると思うのです。ガラス窓は江戸時代には無く、例え、修繕箇所にブリキの波板が貼ってあったとしても、かえって私には懐かしく、愛おしくなります。
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 大学の時(随分と前)3月初めの平日に、馬籠から妻籠まで旧中山道を歩いたことがあり、妻籠の松代屋旅館に泊まったことがありました。その時はぼんやりと古い建物群を保存しようとしているんだな、ぐらいにしか思いませんでした。今訪れたら、もっと、もの思えるのではと…。

 雪の朝、中学校に登校していった男の子が、今度はご主人として向かえてくれるでしょうか。





諏訪市美術館に行ってきました。2

 …続き、最初に戻って、「諏訪敦展 どうせなにもみえない」
ちなみに美術館の建物も、片倉製糸の懐古館で昭和18年築の帝冠様式だそうです。

 6月に、新日曜美術館で、南米ボリビア・ウユニ塩湖で交通事故に遭い炎上死した、お嬢さん(当時30)の両親が、諏訪氏に亡くなった娘さんの肖像画を依頼し、その制作過程を追った番組が放送されました。

 娘さんは結婚も決まり、結納式から10日後の突然の悲劇でした。ご両親としては、今でも信じられないし、どうやっても納得できない。

 諏訪氏は「娘を絵画で蘇らせて欲しい」との、どんどん強くなっていくご両親のお気持ちに答えられるのかと思いながら番組を見ました。制作過程には様々な試み、ご両親、また絵画との対話があったわけですが、

 絵画が出来上がって、ご両親はこの絵を見た瞬間から、「あの娘がここにいる」と言って、ずっと見つめていらっしゃいました。娘さんが自分たちと同じ空間にいてくれる事への癒し、多少なりともの平安の気持ちがあったように思いました。

 今回は、この作品、また制作に使用されたブラウス・時計の展示もありました。
写真は過去だけれども、絵画は今、そしてこれからを表している。絵画の力を見ました。また写実にはより実体が求められる、のだとも感じました。
「どうせなにもみえない」無常を不変に 無情を有情に。
  
 次に「サンリツ服部美術館」http://www.sunritz-hattori-museum.or.jp/へ行き、
 開催中の「江戸時代の絵画と茶」で、本阿弥光悦、国宝「不二山」を初め、良いものをほかに誰もいない中ゆっくり見ることができました。

 NHK BS「へうげもの」の後の「名品名席」で紹介された古伊賀耳付花入れは出ていませんでしたが、こんなに持っているとは知りませんでした。

 諏訪湖畔には外にも美術館がありますので、よろしかったらお出かけ下さい。
詳しくはhttp://www.suwako-art.jp/index.htmlで。

 おみやげには、福田屋本店の「信州あべかわ餅」を是非。
信州にあべかわ餅?あまり聞かないけど名物?気になってふらっと寄ったら、変に作り込んでいないところが美味しかった。お餅に青きな粉がたっぷりかかった、まさにあべかわ餅。
近くに行ったらまた買い求めると思います。

諏訪市美術館にいってきました。

長野県諏訪市にある、諏訪市美術館http://www.city.suwa.lg.jp/scmart/index.htmへ「諏訪敦展 どうせなにもみえない」を見に行ってきました。

 しかしその前に、隣接している立派なレトロな建物にびっくり。
そこは、生糸産業で財をなし、シルクエンペラーと称された片倉財閥が、昭和3年に竣工した、レンガ洋風建築、温泉大浴場、250畳敷の舞台つき大広間で有名な重要文化財片倉館であったのでした。http://www.katakurakan.or.jp/ 

現在も音楽教室が開かれ、貸室など現役の建物で、千人風呂には、600円で入浴可能です。
知らなかった。お風呂セット持って来れば良かった。

 奇しくも諏訪湖周辺では「諏訪湖周まちじゅう芸術祭2011」
http://www.suwako-art.jp/index.html  が開催中で、その片倉館では、「スワビジョン」→『素晴らしき現在、美しき諏訪を今いちど立ち止まって発見することにより、未来への構想につなげる試み。パラダイス山元氏と中村哲也氏の2人による作品展』が展示されていました。

 パラダイス山元氏は、諏訪湖周辺にねむるマンボな文化財を掘り起こすべく、HDRアートで撮りおろしパンチョスされた、懐かしすぎが新しい写真を展示。

 中村哲也氏は、走り出したら超高速、スピード感あふれるフォルムの近未来を予感させる彫刻作品展で迎え撃ちます。国内外で活躍する異色のクリエイター2人が、諏訪を舞台に「和と洋」さらには「過去、現在、未来」を行き来するビジュアルアート展なのでした。

 百聞は一見にしかず、これは直に見てもらわないとですが、HDRアート、こんな風にアートになるのか。中村哲也氏のレプリカシリーズ、私のイメージでは「ガッチャマン」
六本木ヒルズの中にある会社の、社長室においてあるのを想像してみる。
 意外なところでおもしろかった。  続く

 

「皇室の名宝―日本美の華 1期 永徳、若冲から大観、松園まで」

 東京国立博物館に御即位20年記念 特別展「皇室の名宝―日本美の華 1期 永徳、若冲から大観、松園まで」を見に行って来ました。
物思う余裕もないほど、ひたすら鑑賞した展覧会でした。
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 入ってすぐ海北友松の「浜松図屏風」が良い。千鳥が浜をツツッと飛んでおります。海北友松は、今まであまり印象に残った作品を見てこなかった気がするのですが、今後は意識して鑑賞します。

 続いて狩野永徳の「唐獅子図屏風」、世に唐獅子図幾多あれど「唐獅子図屏風」と言えば、この永徳の「唐獅子図屏風」でなのであります。あらためて迷わない線に感嘆します。
  隣に孫である狩野常信のかわいい小獅子も展示してあり、思った以上に遜色なく、仲良く並んでおりました。
「桃山狩野」と「江戸狩野」との様式の違いを比べる最良の作品、と解説に書いてありましたが、具体的に、私はその違いが分かるようになりたいです。

 左に曲がると、伊藤若冲の「旭日鳳凰図」と「動植綵絵」30幅。あまりの濃密さにクラクラします。「旭日鳳凰図」の細密さは、これを描いたのであったなら、「樹花鳥獣図屏風」の枡目書きなど、若冲にとってはそれほど大変なことでは無かったのかもと思いました。また、透明感があって立体的な鳥の白い羽根は、若冲以外の人には描けません。

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 そして「動植綵絵」は特に花が妖しい。鶏はおそらく若冲の分身となっているのであり、小禽類がオブジェのようであるのに対し、若冲の花は静物ではなく、雄しべと雌しべが触れ合う生殖活動をしているかのように思いました。棕櫚や松の幹は爬虫類のようであり、粘度のある雪、貝甲図の砂浜は有機物であり、地面に生えているのは草でなくて毛でしょう。絶対にこれらは、夜中誰もいなくなると、密やかに動いているはずです。
 
 私は、若冲がすべては彼の自由な選択によって、植物の蔓や波をくるくるしたり、あり得なく鋭角な木の枝を書いているところが好きです。最高級の画材を使って、こころゆくまで自分の好きにしている。この時若冲は本当にギンギンです。エロスの対象は老松白鳳図かと。まさに法悦。
 「動植綵絵」の人気投票を二代目青い日記帳さんが実施しています。興味のある方は投票なさって下さい。http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1913
 知人が、「花札みたい」と言ったのには絶句しましたが、確かにトランプの絵柄にはなっています。
DSCN6830-2.JPGこちらは細見美術館展で購入

 ここで別室へと移りますが、この時点で目も頭もジーンとして、多くの精力を使ってしまっているので、以下は印象に残った作品の感想を短く紹介します。
円山応挙「源氏四季図屏風」写生というのはこういう事を言うのかと得心。「雅」です。

岩佐又兵衛「小栗判官絵巻」金銀極彩色の細かい書き込み、尋常ではありません。これで工房作だなんて…。

葛飾北斎「西瓜図」この包丁の柄は握れます。北斎はやはり特別です。

平田百福「玉柏」黒々とした幹の質感に感心。柏と若竹の緑がすがすがしい。日本画に「緑青」があってよかった。

並河靖之「七宝四季花鳥図花瓶」技巧云々を超えて、桜が咲き、鳥が飛ぶ、漆黒の宇宙に引き込まれます。次回京都へ行ったら、こんどこそ並河靖之記念館へ行こう。

河井寛次郎「紫紅壺」精緻な技巧を凝らした作品の中、じんわり心惹かれます。

  上記以外にも、日本画、工芸品等80点が展示されていて、その内の、1点でもあれば、その美術館のお宝、展覧会の目玉となるような作品が多々あったわけですが、何せ優品ばかりなので、(なんと言っても「動植綵絵」にやられてしまうので)普通の優品は際立たなかった、という位すごい展覧会でした。
  日本美の華 1期は、11月3日までの展示です。混雑が予想されますが、是非お出かけ下さい。第2期は11月12日から「正倉院宝物と書・絵巻の名品」です。

  特別関連展示として「悠紀殿」「主基殿」屏風が展示されていました。規格、様式の制約が厳しく、完成までの期日が短い、大変名誉であるが責任も重い画業です。その中で画家さんは、「自分の満足できる絵をいかにしたら描くことができるか」と、考えられたのだろうな、と思い興味深かったです。
DSCN6833.JPG平成度悠紀風俗歌屏風 東山魁夷筆

 その後アイスクリームで糖分補給をしてから、平常展に寄ったところ、なんと「鳥獣戯画断簡」「一休和尚像」が展示されていました。特集陳列「中国書画精華」には国宝、重文が沢山。ほとんど人のいない本館で、一人じっくり対面できて、豊かな一日となりました。国立博物館には宝探しのような楽しみがあります。
東京国立博物館ホームページ
www.tnm.go.jp/



英一蝶リターンズ

 板橋美術館に「英一蝶」展を見に行ってきました。10月4日の新日曜美術館を見て心惹かれ、即出かけました。「英一蝶」の絵は、今まで国立博物館で時に目にするくらいだったので、今回まとめて見られてとても良かったです。
 良いとされる絵でも、展覧会で何枚も見てくると、頭がどんよりしてくることがあるものですが、「英一蝶」は、1枚1枚が新鮮なので全く退屈しませんでした。

 何故かと考えるに、まず狩野派に師事したことが大きいと思います。
建物のデッサンは狂ってないし、どんな絵も全て上手で破綻がない。探幽のような墨の濃淡の使い方がこなれていて、木の描き方が自然。花鳥画も端正で、なんと仏画まで描ける。粉本学習おそるべし、いやでも基本の勉強は本当に大切なのですね。とても乱暴なのは承知で言うと、狩野派は芸大出、浮世絵師は漫画家に対比できるのでは。
DSCN6798.JPG 写真が下手ですみません。本物は風情があります。

 次に、「英一蝶」は絵師であると共に幇間であったことです。
 ここで「英一蝶」の人となりを紹介すると、狩野派を離れ独自の境地を切り開こうとした彼は、絵の道に邁進するかと思いきや、吉原の幇間になったのでした。しかも幇間として活躍しすぎたためか、幕府の怒りを買い三宅島へ流罪になってしまいます。

 当時の遠島は勝手に自給自足せよ、とのもので下手すると餓死が待っている環境の中、おそらくは一生帰ることはできないであろうかと思われましたが、元来生活力があるのと、将軍代替の大赦という奇跡が起き、12年ぶりに江戸に戻ることができたのでした。しかも現地で作った子供まで連れて。時に1709年、彼は58歳となっていました。

 そして還暦間近の彼は今度こそ絵の道に邁進するかと思いきや、またしても吉原の幇間として復活したのでした。それも高番付の幇間に出世しました。ここまでくると単に絵師の道楽芸ではありません。
 聞くところによると幇間の仕事は、お客様の気をそらさず、気持ちよくしていていただこう、という気配りがなんといっても一番大切とのこと。幇間の仕事が心底好きで、向いていたのでしょう。(奈良屋茂左衛門、紀伊国屋文左衛門がご贔屓筋とか)ちなみに享年73歳。

DSCN6801.JPG こんな楽しい世界がいっぱい

 この資質、絵を見る人に喜んでもらおうと心を尽くしていることが、「英一蝶」の絵を特別なものにしているのではないかと思いました。サービス精神が旺盛と言った軽いものではなく、情が込められている絵なのだと思います。
 また、被写体が動き、英一蝶も心が動いたものを描いている絵が群を抜いている気がします。人間がみんな生き生きとして楽しそうです。私も「スチャラカチャン」と、「四季日待図巻」の中に入れたらどんなにか楽しいでしょう。
 加えて、三宅島で書かれた、「吉原風俗図鑑」には、何年も遠く離れた人が書いたとは思えない、実在感のある、具体的なワンダーランドが描かれています。「英一蝶」はフォトグラフィックメモリーも持っていたのかしら。

DSCN6799.JPG 吉原へ行くには、顔を隠して

そもそも何故今「英一蝶」なのか。1709年から下って御赦免300年記念だからということなのだそうで、心憎いぞ板橋美術館。

 さて、こんなめったにない人生を送った「英一蝶」、NHKでドラマ化してもらえませんでしょうか。尾形光琳も同時代人。登場人物には事欠きません。「英一蝶」は誰にしましょう。1999年の大河ドラマ「元禄繚乱」では片岡鶴太郎が英一蝶を演じておりましたが、映画「憑神」でお大尽風の貧乏神を演じた西田敏行が思い浮かびます。

 以前にNHKが伊藤若沖を紹介する番組を作った時、中にドラマ仕立ての部分があり、その時は岸部一徳が伊藤若沖を演じており、なかなか良い番組でありました。
今年は御赦免300年記念というめでたい年でありますし、できれば「歴史秘話ヒストリア」ではなく、お正月、毎年1月2日頃にやるドラマあたりで、是非是非お願いいたします。

追記 「英一蝶」は、既に終了しています。が、板橋美術館の男子トイレにはマルセル・デュシャンの「泉」が使用されています。
味なことする板橋美術館
   
美しい写真は、いつづやさん 10/14の http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/
二代目青い日記帳さんhttp://bluediary2.jugem.jp/?eid=1877
をご覧下さい。



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